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春風萌すといえども

われら人類の劫塵いまや累なりて

三界いわん方なく昏し
まなこを沈めてわずかに日々を忍ぶに

なにに誘わるるにや 虚空はるかに 一連の花 まさに咲かんとするを聴く
ひとひらの花弁 彼方かなたに身じろぐを まぼろしの如ごとくに視れば

常世なる仄明りを 花その懐に抱けり
常世の仄明りとは

あかつきの蓮沼にゆるる蕾のごとくして

世々の悲願をあらわせり かの一輪を拝受して 寄る辺なき今日の魂に奉らんとす
花や何 ひとそれぞれの 涙のしずくに洗われて咲きいずるなり
花やまた何

亡き人を偲ぶよすがを探さんとするに 声に出せぬ胸底の想いあり

そをとりて花となし み灯あかりにせんとや願う
灯らんとして消ゆる言の葉といえども いずれ冥途の風の中にて

おのおのひとりゆくときの花あかりなるを この世のえにしといい 無縁ともいう
その境界にありて ただ夢のごとくなるも 花
かえりみれば まなうらにあるものたちの御形 かりそめの姿なれども おろそかならず

ゆえにわれら この空しきを礼拝す
然して空しとは云いわず 現世はいよいよ地獄とやいわん 虚無とやいわん
ただ滅亡の世せまるを待つのみか

ここにおいて われらなお 地上にひらく 一輪の花の力を念じて合掌す

石牟礼道子

「花を奉る」